
認知症の人の世界を理解することから始める
デイサービスの送迎は、利用者にとって一日の始まりであり、同時に不安や混乱が生じやすい場面でもあります。
環境の変化、時間の切り替え、移動という一連の流れは、認知症のある方にとって大きな負荷となり、BPSD(行動・心理症状)が顕在化しやすいタイミングです。
重要なのは、「問題行動」と捉えるのではなく、その背景にある中核症状や心理状態を読み取ること。
ここでは、送迎時に起こりやすい3つのケースを通して、実践的な対応の視点を整理します。
◆ケース1:迎えに行くと「今日は行かない」と拒否する
70歳代女性、レビー小体型認知症。
一人暮らしの自宅へ迎えに行くと、「やることがある」「子どもを置いていけない」と言って布団に入ってしまう。
このような場面では、まず見当識障害を想定します。
現在の時間や状況が曖昧になり、過去の生活場面と現在が混在している可能性があります。
さらに、レビー小体型認知症では視覚認知障害が特徴的で、実際には存在しないものが見える(幻視)ことも少なくありません。
対応方法
否定せず一度受け止める
「そんなことはない」と否定する対応は、混乱や怒りを増幅させます。
まずは「そうなんですね」と受け止める姿勢が基本です。
そのうえで、自然な流れを作ります。
例えば「では、テーブルの片付けをしてから行きましょうか」と提案する。
子育て期の役割意識が残っていると推測できるなら、短時間でも家事的な行為を行ってもらうことで、家庭での役割を果たしたという満足感を得られます。
幻視には冷静に対応する
「私にはお子さんは見えませんが、一緒に行きましょうか」と伝えると、意外に納得されることがあります。
職員側の現実を静かに伝えつつ、本人の体験を否定しない。
このバランスが重要です。
「デイに行く理由」をつくる
デイが安心できる場所であるという記憶や感情を呼び起こします。
「今日はお好きなケーキが出ますよ」
「○○さんもお待ちですよ」
焦らず、笑顔を引き出してから誘導することがポイントです。
強い説得や急かす対応は、将来的な強固な拒否につながります。
送迎が忙しい時間帯であっても、「急がば回れ」の姿勢が結果的に安定につながります。
◆ケース2:車の乗り降りで混乱し危険になる
80歳代男性、血管性認知症、右片麻痺あり。
乗車手順が分からず戸惑い、説明するとさらに混乱する。
この背景には、実行機能障害や失行、理解力・判断力の低下が考えられます。
手順を組み立てる力が弱くなり、動作の段取りが取れなくなっている状態です。
対応方法
言葉よりも「動き」で支援する
長い説明は逆効果です。
・まず手をつかまる位置へ誘導する
・次に足に軽く触れ、動きを促す
・一動作ずつ、ゆっくり優しい口調で伝える
動作を分解し、身体感覚を通して思い出してもらうイメージです。
早口や複数指示は混乱を助長します。
環境調整をする
毎回同じ座席、同じ順序、なじみのクッションなどを用意すると、手続き記憶が活用されやすくなります。
「考えなくてもできる」環境づくりが安全性を高めます。
広い視野でアセスメントする
認知機能だけでなく、麻痺や筋力、バランス能力など身体機能も含めた評価が必要です。
多職種との情報共有により、より適切な介助方法が見えてきます。
◆ケース3:停車するたびに降りようとする
80歳代男性、アルツハイマー型認知症。
信号待ちで停車するとドアに手をかける。
ここでは記憶障害と判断力低下が主な背景と考えられます。
停車=到着という単純化された理解になっている可能性があります。
対応方法
安全確保を最優先
危険認識が十分ではないことを前提に対応します。
見守りが行き届く座席に座ってもらい、到着前にドアを開けられないよう物理的対策も講じます。
短く、分かりやすく、繰り返す
「信号で止まっています。まだ到着していません」
「今ドアを開けると危険です」
説明は簡潔に。理解保持がされにくいため、繰り返すことが必要です。
車内環境を快適に
不快感が行動の引き金になることもあります。
暑さ寒さ、まぶしさ、騒音などを確認します。
また、好きな歌や話題で注意を別方向に向けることで、降車行動が減少することがあります。
送迎時対応の本質
送迎場面のBPSD対応は、「説得」ではなく「理解」から始まります。
・今、どの中核症状が影響しているのか
・その人はどの時間軸で生きているのか
・何に不安や不快を感じているのか
これらを読み解く視点があれば、対応は自然と変わります。
BPSDは本人からのメッセージです。
無理強いをせず、世界観に寄り添い、環境を整え、危険を予測する。
送迎は単なる移動ではありません。
一日の安心感を左右する、極めて重要なケアの時間なのです。
【お役立ち研修】
実践!認知症ケア研修会2026
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