歩行能力向上のためのリハビリでは、さまざまな問題が頻発します。
その原因の1つに、「セラピストが教えたい運動を、本人が理解できていない」という可能性が挙げられます。
本人の理解を促進する体性感覚へのアプローチ
歩行にかかわる大脳皮質の働きには、体性感覚が関与するといわれています。
大脳皮質における運動制御では、下肢の筋肉へ運動の信号を送る運動野の活動の前に、「今から下肢へ送る運動の信号は、ここの関節と筋肉をこれくらい動かす予定です」といった運動イメージが先行するといわれています。
また、運動イメージの生成には、触圧覚や深部感覚といった体性感覚が関与しているという研究報告もあります。
人間の発達過程においては、知覚と身体運動がお互いにかかわりあって発達するものといわれています。
姿勢調節を行う上では、関節可動域や筋の特性といった筋骨格系の要素と、視覚・前庭感覚・体性感覚の感覚処理過程といった神経系の要素の複雑な相互交流が必要になるといわれています。
歩行を含めた姿勢制御には筋肉を始めとした筋骨格系だけでなく、体性感覚に配慮したアプローチを行うことが有効です。
注意へのアプローチ
運動学習を進める過程では、初期に注意を向けて学習を行うと、後期にかけて徐々に自動化され、注意しなくても運動が可能になるといわれています。
リハビリ場面では、歩行能力改善へ向けて体性感覚に注意し、セラピストが「体重をしっかりかけて」「膝を曲げて」といった言語指示を与えることがありますが、セラピストの意図に反して、「足の裏が着かない」「体重がかけられない」「膝が曲がらない」といった問題が起こります。
この問題の原因の1つに、注意の方向性に問題があることが挙げられます。
体性感覚の評価は、リハビリの評価の中で重要な項目の1つに挙げられており、その分類や定義は複数存在します。
運動心理学においては、感覚・知覚・認知という分類がされています。
発達心理学者のギブソンは、「知覚は、われわれが身の回りの外界に関する情報を最初に獲得する過程である」と述べています。
知覚は受動的な働きではなく、主体が能動的に環境の中にある多くの刺激から、特定の刺激を選択する探索的な活動であるといわれています。
つまり、環境の中にある多くの刺激から、どのような情報に注意を向けるかといった方向性によって、知覚される内容が変化するのです。
したがって、リハビリ場面において、セラピストが「体重をしっかりかけて」「膝を曲げて」といった言語指示で、本人の体性感覚に注意を向けようとしても、本人が動きの中で正しいタイミングで正しい注意を向けることができていなければ、身体運動の改善は得られません。
方向性を改善するための内的過程の把握
本人が何を注意しているのかという注意の方向性を評価するためには、リハビリを受ける本人に「何を意識しているのか?」「どのように感じているのか?」といった内的過程に関する質問に答えてもらうことが有効になります。
セラピストが「荷重の変化は、足底の触圧覚の変化に注意を向ければ認識できる」という仮説のもと、歩行の立脚期に「体重をしっかりかけて」という声かけをしたとします。
ここで、荷重時の支持性の向上に改善が見られない場合、リハビリを受ける本人はセラピストの意図する足底の触圧覚に注意が向いていない可能性があります。
そのようなときは、「どこに体重がかかっていると感じますか?」と聞いてみてください。
もし、「体重がどこにかかっているか分からない」と本人が答えたならば、足底の触圧覚の変化に注意が向いておらず、荷重の変化も認識できていないと判断できます。
また、「膝の上の筋肉に力が入っています」と答えたならば、足底の触圧覚の変化ではなく、誤って大腿の筋収縮に注意が向いていると判断できます。
いずれの場合も、足底の触圧覚の変化に注意を向けることができれば、荷重時の支持性の向上が得られる可能性があります。
例えば、「足の裏の重みの変化に注意してください」といった声かけをするとよいかもしれません。
もし、うまくいかないとしたら、それは「『足の裏の重みの変化に注意してください』という声かけでは、足底の触圧覚の変化に注意を向けることができない」ことを意味しています。
ほかの声かけをすれば、足底の触圧覚の変化に注意を向け、荷重時の支持性の向上が得られる可能性があるのです。
課題の難易度をどう設定するか
歩行能力の改善のためには、課題の難易度設定を行うことが重要となります。
セラピストが徒手的介助や言語指示をしても、改善が得られない場合は、その動作そのものの難易度が高すぎる可能性があります。
難易度が高いと判断した場合は、座位や起立動作から行うことが有効です。
谷内は、「立位バランス障害に対して、座位姿勢を修正することが重要である」と述べています。
身体を制御する上で難易度の高い立位バランスの改善のためには、難易度の低い座位姿勢へ介入することが重要であり、歩行能力の改善のためには、難易度の低い立ち上がり動作や座位姿勢への介入が有効だと判断できます。
以上のように、歩行能力向上へ向けたリハビリ場面では、セラピストがリハビリを受ける本人の言動に耳を傾け、本人の注意の方向性と難易度設定に配慮しながら、身体運動と体性感覚の関係を再評価することで、適切な運動学習が可能となる新たな運動プログラムの立案につながると考えられます。
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