制度が変わる時代に、医療・介護職はどう向き合うのか
看取りケアやACP(人生会議)という言葉が、現場で当たり前のように語られる時代になりました。
しかし、その実践は決して容易ではありません。
延命が前提だった時代を経験し、病院・施設・在宅と現場を渡り歩いてきた眞鍋哲子氏は、ある患者の言葉をきっかけに看取り観が大きく変わっりました。
「助けないで」
その一言は、医療職としての在り方を根本から問い直す出来事でした。
本動画では、現場のリアルな経験を通して、ACPと看取りケアの本質、そして制度改定後の時代に求められる視点を整理しています。
延命が当たり前だった時代に感じた違和感
かつて医療現場では、「命を救うこと」が絶対的な使命でした。
たとえ回復の見込みが乏しくても、救急搬送を行うことが当たり前だった時代です。
そんな時代の夜勤中、多くの患者さんを看取る中で、ある先輩から言われた言葉が心に残ります。
「人って結局は死ぬじゃん。でも、そのとき必ず看護師がそばにいるよね」
かその言葉は、延命中心の医療に疑問を抱き始めていた眞鍋氏の心に深く残りました。
さらに決定的だったのは、ある患者の言葉でした。
「あなたに言ってたでしょ。助けないでって。また苦しまないといけないの?」
その瞬間、医療とは何かを考えざるを得ませんでした。
老衰という死に方との出会い
家族の看取りを経験したことで、死の捉え方はさらに変化しました。
病院での最期とは異なる、穏やかな老衰の姿。
「こんな死に方があるのか」と感じたことが、看取りケアへの転機となりました。
しかし、特別養護老人ホームに移っても現実は理想通りではありませんでした。
医師が常駐しない体制。
不安からすぐに救急搬送。
亡くなる直前の搬送で検死対応が入るケースもありました。
「何が正解なのか分からない」
多くの施設が抱える課題そのものでした。
なぜ看取りは難しいのか…現場教育の空白
病院以外での看取りケアが進まない理由は、個人の覚悟不足だけではありません。
病院では看取りを経験していても
・施設の判断基準
・多職種連携
・医師との役割分担
などを体系的に学ぶ機会はほとんどありません。
結果として、オンコールや急変時の不安が先立ち、救急搬送に頼る構造が生まれてしまいます。
つまり、現場は「看取り方を教わらないまま看取りを求められている」状態なのです。
制度改定の背景にあるもの…看取りは政策と無関係ではない
ACP(人生会議)や在宅看取りが推進される背景には、明確な社会構造の変化があります。
かつて老人医療費の無料化により、病院が最期の場所になった時代がありました。
しかし高齢化の進行と医療費増大により、国は在宅・施設へのシフトを進めてきました。
診療報酬・介護報酬改定、地域包括ケアの推進など、現場では制度に振り回されているように感じるかもしれませんが、本質は「どこで、どう看取るか」を社会全体で再設計している過程とも言えます。
ACPの本質は「誘導しないこと」
現場では、家族間の意思決定における意見対立も少なくありません。
老衰を受け入れる家族と最後まで諦めたくない家族。
どちらも間違いではありません。
ACP(人生会議)の目的は、医療者が答えを示すことではなく「選択肢」を提示し、話し合いを支えることです。
点滴をするかしないか。
延命を望むかどうか。
それを決めるのは、本人と家族です。
医療職の役割は、「決めさせること」ではなく「決められる環境をつくること」です。
看取りケアがうまくいく施設に共通するもの
実践の中で見えてきたのは、看取り成功の鍵は精神論ではないということです。
・体制、教育の整備
・役割分担の明確化
・基準のルール化
・本人、家族への早期説明
これらを徹底することで救急搬送は大幅に減少しました。
さらに看護師の時間的余裕が生まれ、介護職への予防ケア指導が可能になり、肺炎や入院も減少しました。
看取りとは、終末期だけの話ではなく、日常ケアの積み重ねでもあります。
「人は死ぬ」…だからこそ医療者に求められる覚悟
眞鍋氏は現場の医療職に対し、次の言葉を投げかけています。
「看取りは恐いものではなく、準備不足が恐さを生む」
「ACPは制度ではなく、対話のプロセスである」
社会が変わり続ける今だからこそ、医療・介護職には「どう看取るか」を主体的に考える視点が求められています。
■動画
【お役立ち研修】
実践的!看取りケア研修会
次世代介護マネジメントフォーラム
https://tsuusho.com/managementforum




















